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繋がることの本質

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新年の休みはゆっくり過ごすことはできましたか。

私はまだ、新年の夢の続きをみているような感じです。(笑)

新年の夢は「繋がる」というものでした。

某携帯電話会社のコマーシャルかよ!と突っ込まれそうですね。(笑)

先日テレビで見た高校サッカー決勝ではハーフタイムイベントで三阪咲さんが「繋げ!」(第98回全国高校サッカー選手権大会 応援歌)を力強く歌っていて感銘を受けました。また、 新春恒例の箱根駅伝や都道府県駅伝はまさに繋ぐそのものと言えるでしょう。

「繋がる」には、人それぞれにいろんなイメージがあると思いますが、私の感じる繋がるとは、「連続性」と言っても良いでしょう。

例えば、自然界を見ると、生命の連続性(誕生と死)には本当に感動するものがあって、神秘的な感じさえします。

人間の世界も命を繋いで生きている存在には違いはないのです。新生児の誕生にも喜びとともに感動があることはみんなが認めることでしょう。

この連続性、繋がるということを愛、そして血統という観点で教えてくださったのが真のお父様でした。

ただこの愛、とりわけ血統と言うと一般的なイメージとしては わかりにくいようです。エロティシズム ( 人間の性衝動による官能愛 、生物学的生命や繁殖)と誤解されやすいからです。ことさら、生殖器なんちゃらと強調するものだからなおさらですね。 (苦笑)

愛は横軸における意志(熱い感情)だと思います。そして、血統はこの意志に交わるように縦軸方向に繋がりたいという思いだとも言えます。あくまでも四位基台をもとにした私のイメージですが。汗

余談ですが、映画 「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」を観ましたが、その中にも意志としての繋ぐが暗示されていました。ただ、そう思ったのは私だけかもしれませんが。(笑)

話を戻しましょう。確かにエロティシズムの方が繋ぐイメージとしてはわかりやすいかもしれません。

例えば、アダムとエバが一つに溶け合う、その恍惚体験が愛であり、連続性としての生にほかならないと説明してみるとか。

あるいは、広く人類愛として当てはめてみれば、連続的な生命体として、本源的な意味(性的本能)を土台に命が生まれ、人はそれぞれみんな愛し合っている、そしてどこかで繋がっていると説明してみるなど。

しかし、問題は愛し合っている繋がりをどうやって確かめることができるかです。

確かめるに可能な普遍性がどこにもないのです。むしろ、周りの現象や人類歴史は、憎しみ、争い、虚偽ばかりです。「連続性」も「人類愛」も虚構と思えてしまいます。ただ、エロティシズムだけが人間存在の意味を主張するばかりです。(苦笑)

さらに人の死についてはどうでしょう。死は心中ということはあるにしても、一つに溶け合って死ぬ?などどいうことは想像できません。(苦笑)

個人は孤独に死んでいくようにもみえます。もちろん、愛する者たちに見守られて 死んでいくという場面も想像はできますが、彼岸への旅立ちはあくまでもひとりのように思われます。

人が誕生するとき、両親の愛と連続性の生の中で、生まれ出てくるとしても、人の死については、いかなる連続性、いかなる愛の中でその時を迎えられるのかと考えてしまいます。

エロティシズムを連想させないためにも、愛にわざわざ真(まこと)をつけて、真の愛とし、血統においては神様との聖としての繋がりであることを示し、性(エロティシズム)とは区別して説明したかったのでしょう。

統一原理を学んだ者なら、真の愛と真の血統(神様からの聖なる連続性)の中で死んで次のステージに繋がることは当然であると考えるわけです。これでこそ辻褄が合うわけですから。(苦笑)

しかし、この真の愛や真の血統(神様からの聖なる連続性)が、ヴィジョン(未来)はあっても現実には見当たらないのですね。シックの誰しもがヴィジョンを語ります。しかし、今を語れないのです。

繋がることの本質は、たとえ具体的な姿形がこの世から失われても、生身の人間、言い換えればエロティシズム(肉感)を超えて、永遠の存在でありうることの確信ではなかろうかとも思います。

否、その確信さえも通り越したもっとその先にある情念に違いありません。この情念は内側から湧き上がってくるもの、真のお父様が心情とも表現されたものです。

この心情、情念を客観的に自分自身の内側において捉えてみる、言わば理性で感じ取ってみるなら、「あなたのまま、そのままで良いのですよ」という波動を感じます。

こうした波動を感じとること、「承認された経験」を持つことを真のお父様は聖霊の役事であるとおっしゃっていました。そこには自分の虚像からの解放があります。世の中や環境が虚偽に満ちていても関係ありませんね。

ここから真の愛を実践していくのです。まずは王族圏を愛しましょう。

しかし、お母様やご子女様を無条件に愛することなどできませんね。ですから愛するにも理由が必要となります。その理由とは、同じ選民圏(聖なる連続性も持つ者)として、私たちは皇族の立場から王族を愛していくという意志を持つことができるからです。

王族同士が争っていれば、むしろ皇族の私たちがその仲を取り持つべきだと言う道理がでてくるのではないでしょうか。

そして皇族と王族が一つになるにはお互いの存在する意味に気づき、お互いにリスペクトすることです。お母様も皇族圏にいるシックである姉妹と上下の関係なくお話ができるのではありませんか。 そうすれば、 これからはお母様も講演中にお父様のお名前を呼ばれてノスタルジー(過去)に涙することもなくなるのです。

私たちが皇族としての自覚を持ちながら、王族圏の争いを収めることができるなら、ヴィジョン(真の愛と真の血統)は現実になります。韓半島の統一とか、国家天国の復帰などはその先の話のことなのです。

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