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み旨道(みむねとう)

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ご先祖に感謝しています

日常生活の中で、疲れたり、気力が失せてしまっていると感じる時はありませんか?

 

私はそんなときには、ご先祖の応援に感謝することを通して、み旨にさらにまい進するパワーをもらっています。もちろん、守護霊さんにも同じように応援してもらっていますが。(笑)

 

私たちが、今元気でみ旨が歩めているのも、ご先祖の苦労のおかげかもしれませんね。

 

 

日本人の清い生き方と祖霊信仰

私たち日本人は、祖霊信仰によって、先祖が神となって守ってくれるという神道的信仰を持っています。

 

農耕民族である日本人は、「先祖が苦労して山野をひらいて、水田を起こしてくれたおかげで、安定した生活ができる」と考えたからです。

 

 

私たちの祖先は弥生時代の頃からでしょうか、集落で農業の生産力向上=産霊(むすび)を願い、氏神の祭りを通して、祖霊の神と飲み食いをともにしながら、音楽や芸能を楽しみ、明日への生きる活力を得てきたのです。

 

もし、気力が失せたり、気が枯れて、活力を失うことがあれば、とても忌み嫌ったのではないでしょうか。

そこから、気が枯れる、気枯れ=穢れ(けがれ)という概念が生まれました。

 

穢れは、人間の気力を失いさせるだけでなく、共同体の中では多数の人間に被害をこうむるような間違いも起こさせます。

これを人々は罪と考え、穢れを清めるための「祓い(はらい)」や「禊祓い(みそぎはらい)」をして、二度と罪を犯さないことを誓ってきました。

 

このように、私たち日本人の祖先は誰もが基本的に罪や穢れを嫌う清らかな心をもつことを神に願ってきたのです。

その願いが「恥じを知る心」となって、法律とは関係ないところでも、己の良心基準に従い、悪事(きたないこと)をしないという日本人の清い生き方となっていきました。

 

 

神道(しんとう)は、日本人の良心から生まれた

日本人は人間のもつ良心に全面的な信頼をおいて成り立つ人間関係や社会を求めてきました。その考えを子孫に代々教え伝えるものとして、「神教(しんきょう)」とか「神法(しんぽう)」としてもよかったのですが、なぜか「神道(しんとう)」としたのです。

 

あえて「道(とう)」としたのには理由があります。

それは、上からの教えではないということや、法による縛りもないということ、そして何よりも人間自身の自主性や創造性を尊重する自由があったためです。

 

日本人になじみ深い「茶道」「華道」といったものにも、奥深い精神世界をもちながらも、自らと同席する者たちがともに楽しむための創造性があります。

 

そうした創造性の中で、各自が神の教えを自由に表現してきたのが神道(しんとう)だと言えるのでないでしょうか。(もちろん、神という概念は一神教的唯一絶対の存在ではありませんでしたが、汗)

 

み旨道(みむねとう)

神道(しんとう)の底流にも、私たちにおける「み旨の道」に通じるものが流れているように思います。

 

私たちのみ旨の歩みにも、神様とともにもっと自由に楽しむということを意識してもよいのではないでしょうか。日本人が古来より神様は人々を威圧し、支配することはないと考えてきたように。

 

そこで、私は、「み旨の道」を「み旨道(みむねとう)」と呼んでみました。(笑)

 

私たち日本人は、神を語って、威圧的に君臨する神を求める組織体制(宗教体制)には、もともと体質的に馴染めないのです。(笑)

 

日本人は昔から神様とフラットな関係を築いてきました。

すべての自然や人格に神が宿る(霊魂をもつ)、八百万(やおよろず)の神をまつってきました。

 

自然や人に対して、不思議な力によって自分が助けられ、そこに神様の存在を感じ、自分を守ってくれた霊魂を神としてまつってきたのです。私たちの先祖は、その場所に神社をつくり、謙虚な気持ちで、神(霊魂)を信仰してきたのです。

 

氏族メシアとして、ご先祖を神様につなげる

こうしたご先祖たちの良心に基づく、清らかな心、謙虚な心を私たちも相続しながらも、さらに氏族メシアとしての役目を考えていきたいものだと思います。

 

そうすると、清らかな謙虚な心を通して、ご先祖を親なる唯一の神様に結びつけていくことが私たちの役目ではないのかと気づかされます。

組織としての神ではなく、私たちの良心、本心に住む神様を明らかにして、ともに歩んでいきたいものです。

 

先祖解怨も、こうした次元でなされる方が良いように思います。

清平に行くよりも、家にある神棚、なければ仏壇もしくはお写真のおかれている祭壇に清らかな気持ちで日々向きあうことで充分な気がします。

 

そこでは、各自がご先祖の苦労に感謝しながら、とりなしの祈りをすることによって、ご先祖の協助を感じながら、私たちもまたみ旨を歩む力を得ていけるのではないでしょうか。

 

 

 

私は以下のようなご先祖の方々への祈りで、パワーをもらっています。(笑)

 

 

私はこれまで、たくさんみ旨の道を歩んできました。

今、私がここにいるのはあなた方ご先祖のおかげです。

 

苦しいことも、楽しいことも、いろいろな体験をありがとう。

そのときどきのご先祖の協力に感謝します。

 

今の私の心は、大切なものに触れています。

ありがとうございます。

 

心に静けさを感じます。

心が平和で、愛に満ちています。

 

やわらかな気持ちになります。

 

全身にみ旨に対する満ちあふれるエネルギーを感じます。

 

これからもいっしょに、楽しくみ旨を歩んでいきましょう。

 

 

 

 

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