触れるとは何か

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よどみなく流れる感覚を覚える。

つかえていたり、滞っていたりすると、そこから先が見えない。

私がそうした時に対処する方法は、目線を変えるということ。

地面を見るのではなく、やや上に、遠くの山並み、木々をみる。

目線が上になることによって、気持ちが広くなった感じがする。

心から体に何かが流れる感じがする。

祈り(瞑想)をたくさんしても、神様に届かない時がある。そうした不安がある時に対処する方法は、感覚をつかむということ。

つかむと言ってもぎゅっとつかんではいけない。

そっと触れる程度に感じること。

違和感を覚えることも大事。違和感をとっかかりにして、反対側の神様に触れる自然な感覚を探す。

神様に触れる感覚は頭で考えてはだめ。

心で触れる。

つかもうと意志を働かせると力みがはいって逃してしまう。

さらに軸を意識すること。この軸を奪われないように気をつける。

軸は短所とは違う。

短所は人間の弱い部分である。誰でも、本然においてさえもいくつかはある。

しかし、軸はこの短所とは違う。この軸を取られてはいけない。

ポスト家庭連合の時代はこの「軸の勝負」の時代になる。

ホンモノ、ニセモノを見分けるテレビ番組がある。ホンモノを見分けられれば一流芸能人となるようだ。

私の思うホンモノ感を漂わせる人とは、霊的命を懸けたことがある人だ。

まれに、夜にうなされて起きることがある。兄弟姉妹が次々と教会を去っていった昔の献身時代(黒歴史)がトラウマとなっている。

霊的剣が峰に立っていた時代だ。よく、生き残ったものだと今でも思う。

イワシの大群は数千、数万で群れをなす。目まぐるしく泳ぎながら、お互いにぶつからない。互いの距離は正確で変わらない間隔を保っている。自然な動きに無駄はない。

しかし、人間は自然に逆らい、重たい頭を一番てっぺんにして二本足で立った。

これには神様もびっくりした。さらに自由になった手を使って神様を賛美するための文化を築こうと思った。だから神様はとてもワクワクした。

余分なストレスは抱え込まない。心を傷つけてトラウマになる必要もない。これからは、もっとびっくりさせて、もっと喜ばせることをすればいいのだ。

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