スピリチュアル 人生旅日記

死んでも元気でいたいな

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理想的な死に方について、皆さんはどんなお考えをお持ちでしょうか。

「家族に見守られて死にたい」

「なるべく介護や世話などの迷惑をかけずに死にたい」

「呆けずに死にたい」等々あるでしょう。

こうしたことをお聞きしたのも、最近義理の兄が亡くなり、あらためて死方について考えてみたからです。理想的な死に方とは何かという思いが心に思い浮かんだと言ってもいいでしょう。

少し、義理の兄(食口ではありません)について、その死に際を伝聞ですがお話します。

末期の肝臓ガンでしたが、まだ普通に生活ができて自分で歩くこともできたそうです。病院から帰ってきても家族や親族、友人、お世話になった方々ともお別れのあいさつをしたり、会話もちゃんとできていたそうです。しかし、すべての方とお別れをした後思い残すことがなくなったのでしょう、すーと息を引き取っていったそうです。

義理の姉は、医者から義兄は余命半年と言われ、おそらく寝たきりになるだろうからと介護用ベッドも用意し、それなりの覚悟を持って家に迎えたようでした。しかしそうした世話をすることもなく逝ってしまったのです。

娘さんが朝起こしに行ったときにはすでに亡くなっていたとのことです。 前の晩の就寝時も普段通りで意識が朦朧とすることもなく会話ができていました。 まさに最初にお話したような理想的死に方だったのかもしれません。

私はこの義理の兄には一目置いていました。この義理の兄と最初の出会いに印象深い思い出があります。

まだ、私が祝福をうけて間もない頃、相対者の実家にあいさつに行ったおり、義理の兄ともお会いしました。そのとき、一杯飲もうやということで酒を勧められました。ところが私が飲めないことを知ると、一緒にお茶と柿の種で付き合ってくれたのです。義理の兄は大の酒好きだったのに、その時は一切お酒を一滴も飲まずに私に合わせてくれたのでした。

私が飲めないと知るとたいがいは場がしらけ、相手とも気まずくなるものなのですがこの時は自然と受け入れてもらえて、うれしかったことが思い出されます。

今、義理の兄はどうしているのでしょう。しばらくは大好きな奥様(義理の姉)の近くで過ごされているような気がしますね。

そして、生前は病気になりましたが、死んでも元気なんですね。

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