人生旅日記 守りたい「ちちはは」の国

有権者として大切なこと

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田んぼの稲もすっかり刈り取られ、新米が出回っています。

紅葉もこれから徐々に深まってきますね。

そんな季節と新型コロナウイルス感染も落ち着いてきた中、日本では、衆議院選挙が始まり、ちょっとあわただしいです。

これから、有権者として政治に参加するにあたって、理解しておきたいことがあります。

よく外交問題と内政問題と分けて議論することがあります。

この外交問題、内政問題はまったく扱いが違うと考えた方がよさそうです。

内政問題は、国民の意見がいろいろ分かれてもかまいません。政策の失敗もあっても、取返しは利きます。

しかし、外交問題は、ひとつのミスが、そのミスを取り返すのに莫大な労力、時間、経済的損失、さらには最終的には国を滅ぼすことになりかねません。

国際政治の舞台では、警察としての機能が各国に働かないからです。

国内には、どこの国も法律があって、法を破れば罰せられます。警察が来て、強制力を持って取り締まります。

ところが、世界を見渡せば、人を殺しても、虐殺しても警察は来ません。

そもそも世界全体を取り締まる警察の存在がありません。

今まで米国がその役割を果たそうと試みた時代もありました。今は不可能だということがわかりました。

つまり、今の世界は、無法行為に対して強制的に罰すること、そうした権力は存在しないのです。

よく誤解しやすいのが、国連などで制裁措置の決議をすることがあります。

また、国際法によって、取り締まることができると思うかもしれません。

しかし、国際法とか、国際条約は、すべて暫定協定です。

同意した国だけに効力があります。

同意した国は少なくとも守る義務はありますが、自国の利益にならなければ、破ってしまうこともできてしまうものです。

国連は、交渉の場ではありますが、何かを解決する場ではありません。

自国の宣伝をする場所と考えればよいでしょう。

中国のやり口がそのことをよく表しているでしょう。

ハーグの国際司法裁判所というものもあります。

何か国際問題が解決できそうな雰囲気はあります。

しかし、実態は紛争中の双方が示談の意志があるときにだけ判決が出せるしくみです。

当事者の片方が話し合いで解決を望まず、裁判所に行く気がなければ、国際司法裁判所は無力です。

このよい例が、日本の竹島問題です。

韓国は国際司法裁判所における日本の解決提案を無視しつづけています。

盗人がいつまでも裁判所に出頭しないでいるようなものです。

その他にWTO(世界貿易機構)も参加は自由です。

参加しなくても罰則はありません。参加国は自国の得になるから参加しているわけです。

世界の中で、いかに、なかよしグループを作るか、そして別のなかよしグループをけん制するかというのが国際社会、外交問題となります。

もちろん、「世界が平和でありますように」と祈ることに意味がないわけではありません。

しかし、自国や自分の安全が確保されていて、始めてこの祈りは唱えることが可能です。

目の前に、ナタ(ミサイル)を振りかざす見知らぬ人(国)がいきなり襲いかかってきたら、まずは自分(自国)の安全を守ろうとします。

外交問題と内政問題はまったく別物という話をしました。

国際法は原則的に武力行使は禁止してはいません。

ナタを振り下ろす暴漢には、抵抗して身を守る手段は認められています。

国家間で言えば、戦争は問題解決の手段のひとつとなります。

国際社会の中では、力の正義は現実にあります。

有権者としては、これを頭に入れて、投票所には行きたいものです。

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