はじめに
60歳も過ぎたら、もう組織の摂理に全力で付き合う必要はありません。
力を抜いて(脱力系で)、力を注ぐべきは自らのみ旨です。
(*み旨とは、自分が主役となり、神様との共同作業で開拓する摂理の意)
教会との付き合いはほどほどで、そろそろ家族愛を発揮してあげても良いでしょう。(笑)
なぜなら、シックであるあなたの頑張りはもはや報われない時代だからです。
しかし、悲観する必要はありません。
これはあなた(シック皆さん)のせいではないのです。
だから、これ以上教会(組織)や父母様(お母様)に尽くさなくても良いのです。
正午定着と言いますが、「摂理摂理で、もしかしたら自分は正午をうっかりやり過ごしてしまったかも!?」と思われた方もいるかもしれません。それもまた良いのです。
ただ、このまま日が暮れるのを待つのはちょっと悲しいですね。
「少年老い易く学成り難し」をもじって、
これからは「老人死に難くみ旨成り易し」で生きたいものです。(笑)
これからは脱力系でみ旨を歩む
脱力系でみ旨を歩むと、勝ち越しの人生を送りやすいかもしれません。
そうした人の特徴を以下にまとめてみました。
ひょっとしたら、いくつか当てはまるかもしれませんよ。(笑)
①未来がない
「俺たちに明日はない」、「私たちシックに未来はない」
確かにそうです。
しかし、「私たちには来世、死後がある」のです。(笑)
これまで自分にウソをつかず誠実に生きてきたら、人生における勝ち星はすでに7勝になっています。
残りの人生でわずかでも勝ち星を積み上げて、最終的に15戦8勝7敗で勝ち越せば良いのです。
霊界はこれで充分通用します。(笑)
イエス様は15戦7勝7敗、1休みですので。
②貯えがない
確かに金がないのは困りものです。
ここにきて、家庭の中が安定しないのがさらに困ります。(苦笑)
さりとて、精神的に不安になる必要はさらさらありません。
妻や子供たちが神様を忘れかけていても問題はまったくありません。
なぜなら、神様ご自身はあなたがいるかぎり、妻や子供たちを絶対に忘れないということをあなたはすでに確信しているからです。(彼女、彼らは四位基台の一角としての運命共同体です)
③冒険ができない
どこかに所属することは必要です。
ですから組織的には現状維持で良いでしょう。
「H1やH2に行く勇気がない。」「自信がない。」「家族がいるから。」
要するに冒険心がないのです。
普段はおとなしい老犬状態(ちょっと失礼か?笑)でも良いのです。
なぜなら、創造的であることと、冒険することは違うからです。
分派に行かなくても十分創造性は発揮できます。
(もちろん、分派に行っても十分創造性は発揮できますが。)
世間では、大切なことは置かれた場所で花を咲かせることだとも言います。
でも花や実さえも付けなくても良いのです。
残った根と葉っぱだけでも青々として、伸びやかであればそれで良いのです。
やがて芽も出ることでしょう。
枯れて腐るよりはよっぽどましです。(苦笑)
④もう若くない
若さがすべてではないでしょう。
若いころの美男美女も年には勝てません。
体はいたるところ、ボロボロです。
テクニックや力任せで長く持たせる必要はありません。
「大丈夫」「ありがとう」「すまないね」等の言葉かけで充分です。
これは夫婦の寝室での会話に限定した話ではありませんよ。(苦笑)
⑤記憶がない
もの忘れが多くなったことを心配することはありません。
嫌な記憶は消しているのです。
私は殺人が出てくるドラマ、映画は見ません。見ても記憶には残りません。
いつしか、消えているのです。(笑)
時々、人やモノの名前が出てこないこともあります。しかし、日常生活には困りません。
たとえ、お母様が有罪判決で服役されても、私やあなたの人生がそこで終わるわけではありませんね。
神様は、私たち人間が辛い記憶を封印できるように創造してくださいました。
三秒で忘れろとは言いませんが、さんざん泣いたらあとは新しい人生を始めれば良いでしょう。
残りの人生は神様とともに楽しむために使うべきだからです。
⑥霊性が鈍い
鈍感で大いにけっこうです。
いまさら霊性を磨く必要もありません。
私は最近、ある方のブログ記事でコメントされた内容に酷い悪臭を覚えてしまいました。
私も、とうとう霊的臭いがわかる年齢になったかと思った次第です。家内はとっくに人の霊的臭いをかぎ分けられます。このブログ村でもわかる方がおられるようですね。
記憶は忘れても、悪臭は鼻から離れません。(苦笑)
記憶と同じで、霊的感性は鈍いくらいがこの社会では、ちょうど過ごしやすいのです。
そうは言っても世の中の人よりも霊性の高いのは仕方がありません。
教会にはこれ以上貢献しなくても良いですが、ちょっとだけ世間よりは飛び出てしまった霊的感性を生かして、世の中に貢献できることを考えていきたいものです。
⑦ずるくてけっこう
ずるがしこいのはダメですが、単純にずるいことは良しとしましょう。
なぜなら、この社会きれいごとだけでは生きられないことをいやというほど経験してきたからです。
魂を半分売って生きてきたのです。
おかげて耐性(ずるさ)が備わりました。(苦笑)
トランプ大統領が良い例です。
政治をビジネスと考えています。ビジネスの世界に平等はありえません。
教会社会もビジネスの世界と考えれば納得できるでしょう。不正も賄賂も当たり前なのです。
私とて会社の上司の話には内心「くだらない」と思いながらも、「部長の話は参考になります。」とさらりと言うことぐらいはします。
相手を騙して、廃人にしたり、死に追いやれというのではありません。
残りの人生では神様にいままで見たことのない楽しい美しい景色を見せてさしあげたいのです。味わったことのない感動する時をともに過ごしたいというだけのことなのです。
そのためには多少なりとも自分なりの色を付けて生きてみたいと思うのです。
終わりに
み旨は60歳過ぎたら脱力系で良しという、本のタイトルにありがちな話をしてきてしまいました。(笑)
昨日も引き継いだ町内会の大切な過去数年分の資料を保存してあったUSBメモリごとそっくりダメにしてしまいました。原因はよくわかりません。(汗)
しかし、そこはずぶとさを発揮して、もとのパソコンに残してあるデータを再度コピーしてもらうことにしました。こちらも町内の役員をボランティアでやっているのです。相手は多少の失態に対しても文句は言えないのです。(苦笑)
神様とて同じです。
期待していた選民がダメになっても、なおくすぶった火でも扇げば、立ち上る火となるかもしれませんから。
神様が創業以来の大企業であったとしたら、今は業績(天国建設)は伸び悩み、経営は苦しい状態なのです。優秀な若いエンジニアやビジネスマンだけを求めてはいないという事情も知っておく必要はあるでしょう。
選民の移り変わりとは、平たく言えば「ダメもと」なのです。
そこに「中高年おやじシックの生きのびる道」があるように思います。(笑)
最後までお読みいただきありがとうございました。